かっこいい響きの言葉だと思っていた

因果律、という言葉にはどこか宇宙的な響きがある。「因果律を歪める」とか「因果律の外側」とか、そういう使われ方をよく見るせいだと思う。時空とか運命とか、そのあたりに属する語彙だという印象があった。

ところが調べてみると、これは完全に実用の言葉だった。しかも自分が普段触れている領域——広告、機械学習、データ分析——にべったり食い込んでいる。せっかくなので整理しておく。

そもそも因果律とは

ざっくり言えば「すべての出来事には原因があり、同じ原因からは同じ結果が生じる」という原則のこと。世界がバラバラの出来事の集まりではなく、原因と結果の連鎖でつながっているという考え方で、科学的な説明や予測はこれを前提にしている。

哲学の側では扱いが分かれる。ヒュームは「因果関係そのものは観察できない。人間が出来事の反復を見て、習慣的に結びつけているだけだ」と批判した。カントはそれを受けて、因果律は世界そのものの性質ではなく、人間が経験を秩序立てるために備えている認識の枠組みだと位置づけた。

物理では二つの意味がある。ひとつは決定論的な因果律で、「現在の状態が完全にわかれば未来は決まる」というラプラスの悪魔的な考え方。これは量子力学の確率的な性質によって揺らいだ。もうひとつは相対論的な因果律で、「光速を超えて情報は伝わらない → 結果が原因より先に来ることはない」という時間順序の制約。こちらは今も厳密に守られている。現代物理で生き残っているのは、後者のほうだ。

実際に使える計算式がある

ここが個人的にいちばん意外だった。因果律は概念どまりではなく、ちゃんと数式になっている。

1. パールの因果推論

いま最も「使える」体系。変数間の因果関係を矢印で描いた図(DAG)を作り、そこから介入の効果を計算する。中心にあるのが調整化公式。

P(Y | do(X = x)) = Σ_z P(Y | x, z) P(z)

do(x) は「観察したら x だった」ではなく「実際に手を突っ込んで x にした」を意味する演算子で、相関と因果を分けるための記号。どの変数で調整すれば交絡(見せかけの相関の原因)を除けるかを判定するのがバックドア基準。

2. ルービンの潜在結果モデル

平均処置効果 ATE = E[Y₁ − Y₀]。「もし治療していたら」と「していなかったら」の差を推定する枠組みで、臨床試験やA/Bテストの土台。傾向スコアマッチングもここから出てくる。

3. グレンジャー因果性

時系列専用。「Xの過去を加えるとYの予測誤差が有意に減るか」を検定する。金融や脳科学で実用されている。名前に因果とついているが、実際に測っているのは予測への寄与なので、そこは注意が要る。

4. クラマース・クローニッヒの関係式

物理。「結果は原因より先に起きない」という要請だけから導かれる式で、材料の屈折率と吸収率を結びつける。因果律という抽象的な原則が、測定できる数値を直接縛っている例として面白い。

AIの中の因果律

ここからが本題。

反実仮想による公平性チェック。「この人の属性が違っていたら審査結果は変わったか」を計算する counterfactual fairness。属性を仮想的に入れ替えて予測が動くかを見る手法で、与信や採用モデルの監査に使われる。説明可能AIのSHAPも、「特徴量を入れ替えたら予測がどう変わるか」という発想なので因果の親戚といえる。

強化学習。RLの「行動を選ぶ」はそのまま do(action) である。特にオフライン強化学習では、過去のログ(たとえば医師が実際に選んだ治療の記録)から「別の方針を取っていたらどうなったか」を推定する必要が出てくる。これがオフ方策評価で、逆傾向スコア重み付けや二重頑健推定といった因果推論の道具がそのまま必要になる。ログを取ったときの方針の癖が、そっくり交絡になるからだ。

分布外汎化。「牛の写真には緑の草原が写っている」という相関をモデルが掴んでしまうと、砂浜の牛で外す。環境が変わっても不変な因果的特徴だけを学ばせようというのが Invariant Risk Minimization などの発想で、causal representation learning という流れにつながっている。

LLM。「LLMは因果推論をしているのか、訓練データにあった因果知識を思い出しているだけか」という議論が続いている。ベンチマークの結果を見ると、既知の因果関係の想起は得意な一方で、形式的な推論はまだ弱い、という報告が多い。逆に、DAGを組むときに「この変数とこの変数はどっち向きが自然か」を提案させる補助役としては実用化されつつある。

いちばん金を生んでいるのは地味なやつ

派手なのは反実仮想やLLMだが、実際に売上に直結しているのはアップリフトモデリングだと思う。

広告の効果測定でよくある誤りが、「広告を見た人の購入率が高いから広告は効いている」という判定。もともと買う気だった人ほど広告に接触しやすいので、これでは効果を測ったことにならない。アップリフトモデリングは「広告を見せたから買った人」だけを狙い撃つ。放っておいても買う人への出稿を削れるので、そのぶん予算が浮く。ECや広告配信では標準装備になっている。

因果律という宇宙的な響きの言葉が、最終的に「無駄な広告費を削る」に着地するのは、ちょっと笑える。

人間も同じことを毎日やっている

考えてみれば、人間は日常的にこの計算をしている。

「昨日食べたものが悪かったのか、それとも寝不足か」。「このツールを導入したから効率が上がったのか、たまたま暇な時期だっただけか」。「あの一言が原因で機嫌が悪いのか、もともと機嫌が悪かったのか」。

どれも交絡を疑って原因を切り分ける作業で、やっていることはバックドア基準と変わらない。ただ人間の場合、都合のいい因果を採用しがちだし、目立つ出来事を原因に指名しがちだ。数式にする価値があるのは、そこを機械的に潰せるからだと思う。

因果律は架空の概念ではなく、むしろ日常に溶け込みすぎていて名前を意識しないだけの原則だった。名前がかっこいいというだけの理由で調べ始めたが、実りはあった。

入り口としては、パールの『入門 統計的因果推論』が数式と直感のバランスがよくて読みやすい。