テレビで、AIを使って一人で事業をやっているという元IT企業経営者の特集を見た。いわゆる「AIソロプレナー」というやつだ。その中で本人が「AIはIQ180ある」と語り、複数のAIを「社員」に見立てて議論させている様子が紹介されていた。
正直、見ていてかなり無駄なことをしているなと思った。普段からAIを使って開発や運営をしている立場から、何が引っかかったのかを整理しておく。
そもそも「AIのIQ」は意味のある数字ではない
IQテストは人間の認知能力のばらつきを測るために作られたもので、平均的な人間を100として校正されている。AIはその母集団に属していないので、テストを解かせて点数が出たとしても「人間でいうと何点」という解釈がそもそも成立しにくい。
さらに、有名なIQテストの問題や類題はネット上に大量に存在する。AIが「解いた」のか「訓練データで見たことがある」のかは区別できない。
決定的なのは、AIの能力プロファイルが人間とまったく違うことだ。人間ならIQが高い人は大抵のことをそれなりにこなせるが、AIは博士レベルの数学問題を解ける一方で、簡単な文字数のカウントを間違えたりする。人間の知能は各能力がある程度相関する前提でIQという一つの数字に潰せるが、AIはその相関構造が崩れているので、一つの数字にすると情報がほとんど消える。
「IQ180のAI」を看板に掲げている時点で、AIの能力構造を理解していないか、理解した上で視聴者向けに盛っているかのどちらかだと思う。
「AI社員に議論させる」必要はない
もう一つ引っかかったのが、AIをキャラクター付けして「社員」にし、議論させるという使い方だ。
技術的な話をすると、生成役とレビュー役を分けるような役割分担のパイプラインは実在するし、出力の質が上がることもある。ただ、それは工程の分担であって「社員が議論している」のとは違う。同じモデルに別のペルソナを被せて議論させても、中身は一つのモデルが自問自答しているだけで、本質的な視点の多様性は生まれにくい。
実務でAIを使うなら、やることはシンプルだ。計画を立てる。実施する。必要なら検証する。それだけでいい。各工程に必要な分だけAIを当てればよく、会議ごっこを挟む理由はどこにもない。計算資源と時間の無駄になるだけだ。
なぜ「社員」に例えたがるのか
たぶん、演出なのだと思う。「AIをツールとして使っている」よりも「AI社員と会社をやっている」のほうが絵になるし、テレビが取り上げたくなる物語になる。
本人が本気でそのメンタルモデルで運用しているなら稚拙だし、わかった上でショーとしてやっているなら、それはそれで視聴者に間違った使い方の印象を植え付けている。どちらにせよ、あれを見て「ああやって使うのが正解なんだ」と思う人が増えるのは良い影響ではない。
まとめ
- AIのIQは測定として意味をなさない。ベンチマークや自分の用途での使用感を見たほうがいい
- AIに議論をさせる必要はない。計画して、実施する。工程に必要な分だけ使えばいい
- 「AI社員」という表現はメディア向けの演出であって、実務のモデルとしては筋が悪い
AIは擬人化するものではなく、工程に組み込むものだと思っている。派手な物語より、動いているものを作るほうが先だ。