ABEMA Primeで「数学の死」という特集を見ました。AIが数学の超難問を88時間で解いた、という話題です。
OpenAIは、90年近く未解決だったナビエ・ストークス方程式について、約88時間で解決に至ったと発表しています。ほかにも、エルデシュ問題やリーマン予想に関連する結果など、2026年に入ってからAIによる数学の成果が立て続けに出ています。
番組では「AIが人類を滅ぼすのは陰謀論ではなかった」という話も出ていました。気になったので、AIと壁打ちしながら少し調べて考えてみました。
「AIが人類を滅ぼす」は陰謀論なのか
まずここから。調べた範囲では、「真面目に議論されているリスクで、陰謀論扱いするのは不正確」という意味なら概ね正しいようです。
2023年には、AI研究の第一人者や主要AI企業のトップが「AIによる絶滅リスクの低減は、パンデミックや核戦争と並ぶ優先課題であるべき」という声明に署名しています。作っている側がリスクを公に認めている以上、隠された陰謀の話ではありません。
ただし、「いつ・どのくらいの確率で・どう起きるか」は専門家の間でも見解が割れています。「無視していい話ではない」以上のことは、まだ誰にも言えない段階です。テレビのタイトルは強めになりがちなので、そこは割り引いて見ています。
AIが数学を解くと何がいいのか
数学の難問が解けて何がうれしいのか、というのも素朴な疑問でした。
- 流体の方程式が分かれば、気象予測や空力設計、血流解析などのシミュレーションの土台が固まる
- 暗号は整数論に依存しているので、安全性の評価や新方式の設計に効く
- 証明を機械的に検証する技術(Leanなど)が進むと、「このプログラムにはバグがない」ことを数学的に保証できる範囲が広がる
- 物流や回路設計などの最適化問題で、コストや電力を直接減らせる
個人的には、難問そのものより「AIが厳密な推論を正しくこなせるようになった」ことのほうが大きいと思っています。その能力がソフトウェアの品質保証やセキュリティに降りてくるところに、本当の恩恵があるはずです。
数学者の懸念は「仕事を奪われる」だけなのか
数学者の間では懸念の声も出ています。言われているのはおおむね次のようなことです。
- AIが次々に証明を出すので、人間の理解が追いつかない
- 難問の価値は答えより、取り組む過程で生まれる新しい概念や手法(副産物)にある
- 自分で解かなくなると、証明を理解できる人が育たない
正直、最初に聞いたときは「答えが出たあとで理解すればいいのでは」と思いました。副産物が欲しいなら、それもAIに「この手法はほかに何に使える?」と聞けばいい。理解できる人も、理解しようとする人がいれば育ちます。
結局、懸念の多くは「AIが解くこと」そのものより、人間側の受け止め方や制度が追いつくかという運用の話に見えます。数学者の中にも、自分の役割が「全部演奏する奏者」から「指揮者」に変わったと前向きに捉えている人がいるようです。
エンジニアも同じことを経験している
私もソフトウェアエンジニアです。AIが出てきて、コードを書く楽しみはかなり失われました。
でも、そのぶん、出てきたコードを監修したり、プロダクトを完成させたりする喜びのほうに軸足を移しました。数学者が言われていることは、エンジニアが数年前から経験していることとほぼ同じだと感じます。
実際、エンジニア界隈にも反対の声はあります。
- AIが書いた、誰も中身を把握していないコードが増える
- 若手がAIに頼ると、レビューできる力が育たない
- 学習データのライセンスの問題から、AI生成コードの受け入れを禁止しているOSSプロジェクトもある
OSSの禁止は、正直なところ時代に合っていないように見えます。貢献者がAIを使ったかどうかは、外からは分かりません。ただ、これは見抜くためというより、ライセンス違反が混入したときの責任の所在を明確にするためのルールのようです。雑なAI生成のプルリクエストからボランティアのメンテナーを守る意味もあるようです。今後は禁止より「使ったなら明記、責任は投稿者が持つ」という方向に寄っていくのではと思っています。
ジュニアが育たなくなる、は本当か
よく聞くのが「ジュニアがやっていた仕事をAIがやるので、企業がジュニアを採用しなくなる。そうなると将来シニアが育たない」という懸念です。
これは歴史からある程度答えが出ていると思います。
- 表計算ソフトで帳簿付けの事務職は減ったが、会計や財務分析の仕事は増えた
- CADで製図の清書の仕事は消えたが、新人設計者が最初から自分で設計するようになった
- ATMで窓口係は不要になると言われたが、店舗運営が安くなって店舗数が増え、仕事の中身は相談や営業寄りに変わった
入口の「作業」は消えても、入口の「ポジション」は一段上の仕事として作り直されてきました。
そもそも、求められるスキルは昔ほど深かったはずです。今はパッケージやフレームワークが揃っていて、深い知識がなくてもいろいろ作れます。それを「だめだ」と遮断することはできませんでした。そういう人材も活用しながら、その下の層まで潜れる人材が育つのを待ってきたのが、この20年だったと思います。
AI時代も同じだと考えています。AIに頼り切る人がいてもいい。その中から、AIに頼らずに道を切り開ける人が次の段階に進むのだと思います。
育成の形も、そんなに難しく考えなくていい気がします。ジュニアがAIを使って作ったコードを、シニアがレビューして教える。昔からあるコードレビューの延長です。そのとき「このコードはなぜ動くのか」「AIの案のどこを採用しなかったのか」をジュニアに説明してもらえば、AIを使いながら理解も育ちます。
一つだけ、これまでの抽象化と違う点があります。AIは同じ指示でも毎回出力が変わり、もっともらしく間違えることがあります。なので、深く書ける力より「出てきたものが正しいかを見抜く力」の重要性が上がっていくと思います。
置いていかれたエンジニアは、あまり見ない
周りを見ていると、AIが出てきて置いていかれたエンジニアは、あまり見たことがありません。
もちろん、見えにくいだけという面はあると思います。普段目に入るのはAIを使いこなしている人です。影響は「職場で困っている人」ではなく、「採用されなかった新卒」や「案件が減ったフリーランス」のように、現場に入ってこない形で出るからです。歴史を振り返っても、全体としてはうまくいく一方で、移行期にちょうど当たった世代は苦労してきました。
それでも、エンジニアはアセンブラからC、フレームワーク、クラウドと、抽象化の波を何度も越えてきた職種です。変化に慣れている人が多いのは確かだと思います。
おわりに
数学者もエンジニアも、AIによって「自分の手で作る」仕事から「監修して完成させる」仕事に変わりつつあるのだと思います。楽しみの形は変わりましたが、なくなったわけではありません。
AIが難問を解いてくれるなら、人間はそれを理解し、使い道を考え、次の問いを立てる側に回ればいい。少なくとも私は、そういう働き方のほうが今は楽しいです。