私は昔から「友達」という概念にあまり執着がなく、実は今でも「特定の友達は特に必要ない」と思っています。
たまたまその場に居合わせて、話が盛り上がればそれで十分なのです。
特定の誰かといつも一緒につるみたい、という欲求もありません。
今回は、そんな私が学生時代の友人たちと縁を切り、そこから15年経って感じていることについて書いてみたいと思います。
ダラダラ過ごす時間への違和感と、自然消滅
高校生の頃、当時の友人たちとただダラダラと過ごしていた時期がありました。
しかし、心のどこかで「非常に時間がもったいないな」と常に感じていました。
最終的に私は彼らと縁を切る形になりました。
具体的には、連絡先を変えた際に教えなかったり、私が東京に出てきて物理的な距離ができたりしたことが大きな理由です。
当時の私は「もう関わりたくない」という雰囲気をあからさまに出していたので、向こうからも連絡が来なくなりました。
若気の至りとはいえ、私自身の態度も最悪だったと今は少し反省しています。
それから約15年が経ちますが、後悔は全くありません。
「人間関係なんてそんなものだろう」というフラットな認識に落ち着いています。
「友達を大切にしろ」という言葉の呪縛
世間ではよく「友達は大切にしろ」と言われますが、私はこの言葉に少し違和感を覚えます。
友達というのは、無理に作ろうとしたり、必死に維持しようとしたりするものではないと思うのです。
大人になってからも、その時々の環境で新しい繋がりは常にできます。
逆に言えば、できない時はできないもので、それもまた自然なことです。
私にとっての「友達」とは、もっと広義で曖昧なものです。
わざわざ「私たちは友達だよね」と確認し合うようなものではなく、極端に言えば全人類、あるいは動物やSNS上の繋がりでさえ、縁があれば等しく友達のような感覚です。
昔、少し連絡が取りづらくなった際に「最初から合わなかったし、つまらなかったのかもな」と感じた人たちは、やはり無理をして付き合う相手ではなかったのだと思います。
「昔からの知り合いだから」というよく分からない理由で関係を縛る必要は全くありません。
過去の繋がりより、今「身近にいる人」を大切にする
10年ほど前、ふと「誰とも連絡が取れないのは少し寂しいな」と自分勝手に思った時期もありました。
しかし、15年経った今になって思うのは、「そもそも友達って何だっけ?」ということです。
たまたま昔の同級生だったというだけで、無理に過去の繋がりを大切にする必要はありません。
それよりも、今自分の目の前にいる「身近な人たち」を大切にすることこそが、本当に意味のあることではないでしょうか。
もし今、身近に誰もいないのであれば、それは「そういう時期」というだけで、決して悪いことではありません。
若い世代へ:1人の時間を大いに楽しめばいい
「友達とは何だろう」と悩んでいる若い方たちにとって、私の経験が少しでも参考になれば幸いです。
私は過去の人間関係の多くを切り捨ててきましたが、今の生活で特に困っていることはありません。
なんやかんやで定期的に関わる人はいますし、逆に誰とも関わらず、半年ほど1人で気楽に過ごす時期もあります。
細かい定義に縛られず、自分らしく生きていくことこそが一番重要です。
1人で楽しめる遊びは、世の中に山ほどあります。
私自身、ハンターカブ(CT125)やXSR700に乗ってツーリングに出かけたり、タントでドライブを楽しんだり、美味しいお酒を飲んだり、サウナで汗を流したりと、自分の時間を存分に満喫しています。
「友達がいないとおかしいのではないか」と思い悩む前に、まずは自分が心から楽しめることに没頭してみてはいかがでしょうか。