保育士、介護士、医療従事者、物流。社会がまわるために絶対に必要な仕事が、IT・金融といった産業よりも給料が低い。この事実を最初に認識したときは、なんとなく「搾取されてる」で終わらせていたけど、よく考えると構造的な話で、個人の努力とか怠慢とかとは全く別の問題だと思うようになりました。
「誰にでもできる仕事だから安い」というのは間違いで、仕組みの問題だという話を書きます。
努力の量ではなく、「同時に何人に届くか」が給料を決める
給料の差を生むのはスキルの難易度でも努力の量でもなく、「その仕事が同時に何人分の価値を生み出せるか」という話だと思います。
- ITや金融の仕事: 一度作ったシステムやコードは、追加コストなしで何万・何百万人に価値を届けられる。利益の複製が可能なので、一人あたりが生み出す売上の天井が高い。
- 保育・介護などの対人仕事: 物理的に「1対1」か「1対数名」の枠を超えられない。どれだけ熟練しても、一人が同時に担える人数は決まっている。生産性の上限が構造的に固定されている。
保育士が子どもの安全を守る判断をするのは、コードを書くより簡単ではありません。それでも給料が上がりにくいのは、難易度じゃなくてこの「広がり方の違い」のせいです。
「人が足りないなら給料が上がるはず」が機能しない理由
需要が高まれば価格が上がる、というのが市場の原理。でも保育や介護ではこれは働きません。
もし人手不足で保育園の利用料が月額数十万〜数百万円になったら、ほとんどの家庭は払えません。社会インフラとして成立しなくなります。だから国や自治体が公定価格で上限を設けています。
どれだけ需要が高まっても、利用者側の支払い能力に天井があるので、給料が上がる仕組みが最初から封じられています。
他の産業がコモディティ化しても、人が流れてこない
仮にITエンジニアの給料が暴落して市場に溢れ返ったとして、その人たちが保育士や介護士に転職するかというと、まずしません。
人は待遇の良いところを探して移動するので、IT→金融、金融→次のスケールする産業、という形で「上限のある産業」を避けながら移動し続けます。前述の「価格の天井」があるかぎり、他の産業でどれだけ人が余っても、エッセンシャルワークへの自然な人材再配分は起きません。
ITエンジニアが仕事できるのは、誰かが物理を引き受けているから
私自身がエンジニアなので、正直に書きます。
私がPCの前に座って開発に集中できるのは、どこかで誰かが子どもの安全を見てくれて、インフラを維持してくれているからです。その人たちは競争社会の敗者じゃなくて、私の仕事が成立するための土台を担っています。
そう考えると、「不可欠なのに安い」という状態は、間違いなく社会の設計ミスだと思います。
市場の外から手を入れるしかない
需要と供給だけでは解決しないと書きましたが、つまり市場の外側から——税制による再分配や、テクノロジーを使った業務の削減——で対処するしかありません。
簡単な答えはないけど、少なくとも「本人の頑張りが足りない」という話ではないことは、もっと共通認識になっていいと思います。