いま私が仕事で触れているのは、MacBookのキーボードとトラックパッド、そしてデスクに置いたApple純正の Magic Keyboard と Magic Trackpad だけです。
以前は HHKB を5年使っていました。打鍵感は今でも好きですし、手放したことを惜しいと思う日もあります。それでもデスクの上から消したのは、道具の優劣とは別の理由でした。

「一番打ちやすい環境」が、一番長くいる環境とは限らない

道具にこだわっていた頃は、時間がありました。
事業が広がり、労働時間が増え、育児が加わってからは、状況がすっかり変わりました。まとまった作業時間はほとんど取れません。移動中の電車、打ち合わせの合間、子どもが寝たあとの数十分。仕事が進むのは、たいていそういう細切れの時間です。

そうなると、触っている時間が圧倒的に長いのは ノートPCのキーボード でした。
自宅のデスクに完璧な環境を作り込んでいたのに、実際に仕事をしている場所の大半はそこではない。この食い違いに気づいたときが、考え直すきっかけになりました。

生産性は「最高速度」ではなく「平均」で決まる

仮に、仕事の半分を外出先のノートPCで、半分を自宅のデスクでこなしているとします。

デスクだけ高級キーボードにした場合

  • 自宅:100%
  • 外出先:慣れていないぶん、少し落ちる

デスクもノートPCと同じ操作感にした場合

  • 自宅:100%
  • 外出先:100%

デスクに座っているときの瞬間的な快適さでは、前者が勝ちます。
けれど一日を通した平均で見ると、後者のほうが確実に上でした。キー配列の違い、ストロークの深さの違い、ショートカットに伸ばす指の位置の違い。ひとつひとつは些細でも、切り替えるたびに一瞬だけ思考が止まります。その一瞬が、細切れの時間で働く人間にはいちばん高くつきます。

特定の場所でしか仕事をしないのなら、高級キーボードは間違いなく最良の相棒です。私の場合はそうではなかった、というだけの話です。

Magic KeyboardとMagic Trackpadを選んだ理由

デスクではクラムシェルモードで、Magic Keyboard と Magic Trackpad を使っています。

正直に書くと、Magic Keyboard の打ち心地が最高だとは思っていません。ポインティングデバイスとしての操作性も、トラックボールのほうが上でしょう。
それでもこの2つを選んだ理由はひとつだけで、MacBook本体のキーボードとトラックパッドに、操作感がいちばん近い からです。

キーピッチもストロークも、ジェスチャーの効き方も、ほぼ地続きになる。
デスクで身につけた動きが、そのまま外出先でも通用します。自宅でもカフェでも公園のベンチでも同じ速度で書ける状態は、キーボード単体の気持ちよさよりも、私にとってずっと価値がありました。

マウスについても、割り切ってトラックパッドに一本化しました。「ノートPCのときだけトラックパッド」ではなく、常にトラックパッドを使う。そうして初めて、この板一枚を本気で使いこなそうとするようになります。電車の中でマウスを広げることはできませんし、5分だけ空いた時間に周辺機器を接続する気にもなりません。持ち歩く重さ、接続の手間、充電の管理を全部やめて、MacBookを開いた瞬間にトップスピードに入れる状態 を選びました。

痛みの原因は、キーボードではなくトラックパッドだった

ここまで理屈を並べましたが、移行そのものは順調ではありませんでした。
最初の1ヶ月ほど、指と手首がはっきり痛くなりました。

当初は、HHKB の深いストロークに慣れた指が、浅いキーを強く叩きすぎているせいだと考えていました。実際、打鍵の衝撃を和らげようと、100円ショップで買った耐震ジェル(家具の転倒防止マット)を本体の裏に貼っていた時期もあります。本体が少し浮くぶん排熱にも効きましたが、粘着面にホコリや汚れが溜まってくるのが気になって、結局は剥がして捨ててしまいました。

振り返ってみると、痛みの主な原因はキーボードではなく トラックパッドの押し込み だったと思います。
長年マウスを使ってきた癖で、クリックのたびにパッドを物理的に「カチッ」と押し込んでいました。1日に何百回とその動作を繰り返せば、指も手首も痛くなって当然です。

使い込むうちに、押し込まずに軽く タップするだけ で済ませるようになりました。そこからダメージは目に見えて減り、痛みも自然に引いていきました。今は HHKB を使っていた頃と変わらない速さで打てています。

「道具を変えるとパフォーマンスが落ちる」というのは、半分は本当で、半分は身体の使い方が古い道具のままになっているだけなのだと思います。私の場合、指が新しい道具のやり方を覚えるまでに1ヶ月かかりました。

趣味としてのキーボードは、否定しない

キーボードを趣味として愛でることは、まったく否定しません。打鍵感を楽しむ時間には、それ自体の価値があります。

ただ、仕事の道具として選ぶなら、私の基準は「どこでも同じ操作感でいられるか」の一点です。
一番いいキーボードを探すのをやめて、一番長く触っているキーボードに身体のほうを合わせる。MacBookに寄せるというのは、そういう決め方でした。