葛飾区に住んでいると、たまに思い出したように「新金線、あれどうなったんだっけ」となる。区の南北移動が弱いのは昔からの話で、新小岩と金町を結ぶ貨物線を旅客化するという構想は10年近く前から聞いている。にもかかわらず、線路の上を走っているのは相変わらず貨物列車だけだ。

この記事では、2026年9月時点で公開されている資料をもとに、

  1. いま何がどこまで決まっているのか
  2. このスピードは「遅い」のか
  3. なぜ情報がほとんど出てこないのか

の3点を軸に整理する。結論だけ先に書くと、「LRTは断念してBRT(専用道を走る連節バス)に決定、今年度から事業化計画の策定中、開通は2030年代後半」であり、速度としては日本の公共交通事業の平均的な範囲、そして情報が出ないのは委託作業中だから、という話になる。

新金線とは

新金線(新金貨物線)は、総武本線の新小岩と常磐線の金町を結ぶ約6.6〜7.1kmの単線電化の貨物線だ。区内をほぼ南北に縦断しているが、旅客列車は走っていない。葛飾区は東西方向に総武線・京成線・常磐線が並行して走る一方、それらをつなぐ南北方向の公共交通はバスしかなく、この貨物線を旅客化できれば南北の移動が大きく改善する、というのが構想の出発点だ。

区としての本格検討は2018年度から。2022年には区・東京都・JR東日本・JR貨物・国土交通省などが参加する「新金線旅客化検討委員会」が発足した。

現状の時系列

ここ2年ほどで方針が大きく動いている。

時期出来事
2018年度葛飾区が本格検討を開始
2020年度段階整備のイメージを含む検討資料を公表。この時点ではまだ鉄道(LRT)前提
2022年検討委員会が発足
2025年1月検討委員会報告書。6案を比較し、専用道+連節バスの案が有力に
2025年9月整備構想の骨子案でBRT方針を明示
2026年1月「新金線を活用した新たな交通システム整備構想」を策定
2026年4月事業化計画の策定業務を委託開始(2028年3月まで)
2026年6月イメージ映像を公開

つまり「構想の策定は完了し、事業化計画を作っている最中」が現在地だ。

なぜLRTではなくBRTになったのか

2025年1月の検討委員会報告書では、A〜Fの6案が比較されている。ざっくり3系統に分けると次のようになる。

方式事業費費用便益比(B/C)需要所要時間
貨物線と線路を共用するLRT(A・B案)450〜800億円1.2〜1.63.7〜4.4万人/日17〜21分
隣に旅客線を新設する鉄軌道(C・D案)700〜800億円0.8〜0.92.9〜3.3万人/日23〜26分
複線用地に専用道を作り連節バスを走らせるBRT(E・F案)320〜560億円1.1〜1.72.9〜3.0万人/日26〜28分

数字だけ見るとLRT共用案が最も速く需要も多い。ただし報告書の結論は、共用案は国の補助制度が薄く累積収支が黒字化しない、鉄軌道新設案はB/Cが1を下回る、というものだった。BRT案は所要時間で10分ほど劣るものの、事業費・便数・採算の面で唯一成立する案だった、という整理になる。

個人的には「速達性を捨てた」という印象はあるが、採算が成立しない案に数百億円を投じるという判断を区がするとは考えにくいので、BRTへの転換自体は妥当だと思っている。LRTを推進してきた区民団体はこの方針に反発しており、賛否が一枚岩ではないことは付記しておく。

整備構想の中身

2026年1月に策定された整備構想の主な内容は次の通り。

  • 車両は連節バス。クリーンエネルギー車両や自動運転も視野に入れる
  • 運行頻度はピーク時10本/時、オフピーク6本/時
  • 事前運賃収受と複数ドア乗降で停車時間を短縮
  • 停留所は10か所程度、駅間300〜800m
  • 公設型上下分離方式。区が専用道・停留所・車両を保有し、運行は民間事業者か第三セクターに委ねる

停留所の候補として資料や報道に出ているのは、新小岩駅(東北広場隣接)、東新小岩・奥戸・細田付近、高砂(京成高砂駅とは約300m離れる)、新宿、西金町(仮称)、金町駅前あたり。ただし正確な位置と名称は未確定で、2026〜2027年度の事業化計画で具体化される。

段階整備:最初は南半分だけ専用道

全線を一気に専用道化できない理由が3つある。

  1. 国道6号(水戸街道)の新宿新道踏切。平面交差のままでは渋滞が悪化し、立体化は大工事になる
  2. 京成高砂駅付近。踏切で複線用地が分断されており、連続した専用道にできない
  3. 金町駅への接続。既存線路上への高架化が技術的に困難

そこで区は、新小岩側(国道6号以南、高砂・新宿付近まで)を先に専用道として整備し、北側は当面一般道を走らせて金町まで通す、という2段構えを優先検討としている。第1段階でも新小岩〜金町は一応つながるが、北側は「普通のバス」に近い形になる。将来、国道6号の立体化などが片付いた時点で全線専用道に格上げする。

2020年度の旧構想では「第1期=国道6号以南、第2期=以北」と単純に区切っていたので、BRT化によって「北側を一般道でつないで早期に全線開通させる」という現実的な形に変わった、と見ることができる。

今後のロードマップ

時期内容
2026〜2027年度事業化計画の策定。用地測量、予備設計、施設・運行・運営体制・資金計画の具体化。委託費は約2.1億円
2030年頃事業着手
2030年代後半第1段階の開通
その後全線専用道化

この速度は「遅い」のか

正直に言うと、構想が出てから10年近く経っても線路の上に何も変化がないことにはうんざりしている。「BRTに決まったなら1年で着工できるだろう」と思う気持ちもよくわかる。

ただ、比較対象を国内の類似事業に置くと、評価は変わる。

  • 宇都宮ライトレール(LRT):基本方針の決定から着工まで7年前後、開業までは約10年
  • 東京BRT(専用道なし):事業計画から運行開始まで5年程度

新金線は「構想策定から開通まで約10年」というスケジュールなので、遅いというより日本の平均的な速度に収まっている。区が特別に手を抜いているわけではない。

なぜここまで時間がかかるのかというと、バスや道路の工事そのものではなく、その前の手続きが重いからだ。

  • 用地がJR貨物の線路用地であること。複線用地といっても所有者は別会社であり、借りるのか買うのか、貨物運行との干渉をどう切り分けるのかを詰めないと図面が確定しない。相手が民間企業なので、区の一存では進まない
  • 専用道は道路の新設扱いになるため、都市計画決定、環境影響評価、道路法上の手続き、都議会・区議会の議決が必要になる。これだけで2〜3年が標準的
  • 数百億円規模の国庫補助を受ける以上、国に出す事業計画は測量と予備設計を済ませたものでなければ通らない
  • 国道6号の踏切という、国道管理者との調整案件を抱えている

こうして見ると、「2028年3月に事業化計画が完成し、2030年頃に着工」というスケジュールは、間に空白がほとんどないむしろタイトな線だ。私の見立てでは、遅れるとすれば用地交渉か手続きで、2〜3年ずれ込む可能性は普通にあると思っている。ここは楽観視しないほうがいい。

なぜ情報が出てこないのか

「進んでいるのかいないのか分からない」という感覚には理由がある。

自治体の事業は、委託先が成果物を納めるまでの間、対外的な発信がほぼ止まる。今回の事業化計画は2026年4月から2028年3月までの2年契約で、この期間中は測量・設計・関係者協議が水面下で進む。途中経過は基本的に公表されず、まとまった情報が出るのは中間報告があれば2027年度の前半、なければ計画完成後になる。

2026年6月にイメージ映像が公開されたのは、この「静かな期間」に入る前に区民の関心を維持するための施策だと見ている。逆に言えば、次に具体的な内容(停留所の正確な位置、用地の扱い、資金計画)が出てくるのは早くて2027年度後半だろう。

情報を追いたい人向けに、確認先をまとめておく。

  • 葛飾区の推進事業ページ(一次情報。更新頻度は低い)
  • 区議会の会議録(委託業務の進捗が質疑で出ることがある)
  • 鉄道系ニュースサイト(区の発表を拾って解説している)

まとめ

  • 新金線の旅客化はLRTを断念し、専用道を走る連節バス(BRT)で進めることに決まった
  • 2026年1月に整備構想を策定し、現在は2028年3月までの予定で事業化計画を策定中
  • 最初は新小岩側を専用道、金町側は一般道でつなぐ2段構え。第1段階の開通は2030年代後半
  • 10年かかるのは日本の公共交通事業としては平均的な速度。ただし2030年着工は余裕のない線で、数年の遅れは覚悟しておいたほうがいい
  • 情報が出ないのは委託作業中だから。次のまとまった情報は早くて2027年度後半

10年待たされた身としては「まだ10年か」という気持ちが正直なところだが、少なくとも方向性が決まって計画策定の予算がついた、という点では確実に前に進んでいる。停留所の位置が固まったらまた記事にするつもりだ。

参考資料